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広島高等裁判所松江支部 平成10年(行コ)2号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、五箇村に対し、連帯して金六八五万七二七一円を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、五箇村の住人である控訴人らが、五箇村が同村の職員を第三セクターである被控訴人株式会社隠岐振興(以下「被控訴人隠岐振興」という。)へ派遣したことは公務員の職務専念義務に違反する措置で、その人件費を支出したことは違法な公金の支出であり、五箇村は当時の五箇村の村長であった被控訴人A及び被控訴人隠岐振興の共同不法行為により右人件費相当額の損害を被ったと主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被控訴人らに対し、五箇村に代位して右損害の賠償を請求した事案であり、当事者双方の主張は、次のとおり付加、補正するほかは、原判決五頁二行目から二五頁九行目までのうち被控訴人らに関する部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一一貝四行目の「しかし、」の次に、次の文を挿入する。

「被控訴人隠岐振興が事業目的としている隠岐・本土間の航路の確保自体が高度な公益性を持つものであることは争わないが、超高速船を所有し、これを民間会社に非常な廉価でリースする事業が高度な公益性を有するものとはにわかに断じ得ない。地方公共団体が直接超高速船を所有し、民間企業にリースすることが地方自治法二四四条の二第三項に抵触するとすれば、本件のような第三セクターを通じて同じことを行うのは脱法行為というほかない。民間企業に対する施設のリースが是認されるとすれば、それは、第三セクターといえどあくまで株式会社であり地方公共団体とは異質のものだという前提があるからである。このように、」

二  原判決一三頁九行目及び一〇行目を、次のとおり改める。

「島根県、隠岐島七町村にとって、被控訴人隠岐振興への職員派遣の必要性、合理性があったとはいえないし、仮に職員派遣の必要性があったとしても、その手続や給与支払の是非は別個の問題である。

職務専念義務の免除のない職務命令による職員派遣は、当該職員に職務専念義務違反を強いるものであり、また、人事行政に関する根本基準を確立することにより地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営を保障する目的で定められた地方公務員法の趣旨に反するものである。職務専念義務を免除した派遣と職務命令による派遣とでは、職員の身分関係の位置付け、行政上の手続が全く異なるから、本件が仮に、職務専念義務を免除した派遣が可能であるのに職務専念義務を免除せずに職務命令による派遣をしたという場合であったとしても、その違法性を軽視することは許されない。Bの派遣は、手続を正当化すべき研修目的自体が存在しない脱法的、恣意的なものであり、このように手続的に明らかに違法な職員派遣を容認することは、地方行政の公正さ及びその信頼を損なうものであり、地方自治法の基本理念に反するものである。」

三  原判決一四頁六行目の次に、改行して次の文を挿入する。

「地方公務員法三五条が「服務」の節に置かれていることやその文言からみると、職務専念義務はあくまでも地方公務員が地方公共団体に対して負っている労務給付義務を規定したものであって、それ以上に労務給付先を当該地方公共団体に限定しようとする趣旨を同条の文言から読み取ることは困難であり、ましてや職員を当該地方公共団体の職務だけに専念させる義務を地方公共団体に課したものと解すべきではない。結局、職員派遣が適法か否かは、地方自治法二条や地方公務員法三〇条の趣旨からみて、職員を法人その他の団体に派遣することそれ自体が公益の目的に適うものか否かという視点で、派遣の目的、派遣先の団体の性格や具体的な事業内容等諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきであり、その後に、派遣手続の適法性を検討すべきである。そして、採られた手続が適法か否かを判断するに当たっては、派遣職員について、当該地方公共団体の職務に従事させないこと及び給与を当該地方公共団体が負担することが地方自治法や地方公務員法の趣旨に反しないかどうかという視点で検討されるべきである。

本件は、後述の被控訴人隠岐振興の事業の公共性(公益性)及び行政目的との関連性や職員派遣の必要性、合理性からして、五箇村がBの職務専念義務を免除して同人を直接被控訴人隠岐振興に派遣することが制度的に可能であったものを、隠岐島町村組合との人事交流の関係で職務命令の方法を選択したものである。職務専念義務免除による職員派遣と職務命令による職員派遣との間で、意思決定の手続等に特別な差異があるわけではなく、本件において、五箇村がBを隠岐島町村組合に派遣するに際して職務専念義務を免除したか否かは、単なる辞令の記載方法の問題に帰着するのであって、そのことが職員派遣の適否を左右する本質的な問題であるとは到底考えられない。しかも、後述のとおり、五箇村は、人事交流により隠岐島町村組合からCを受け入れており、また、隠岐島町村組合との人事交流を介してBを被控訴人隠岐振興に派遣したことを契機として五箇村の一般財源に四〇〇万円の特別交付税が措置されており、隠岐島町村組合から人事交流職員差額人件費として九一万五六二九円の支払を受けている。

これらの事情を総合的に判断する限り、本件の職員派遣は適法で、五箇村の給与支出は相当であり、被控訴人らに対し五箇村への損害賠償を命ずる実質的な理由は全くない。」

四  原判決一五頁末行の「ものであり、」を「ものである。」と改め、同行の「被告隠岐振興の」から一六頁一行目までを、次のとおり改める。

「すなわち、被控訴人隠岐振興は、離島で、過疎化・高齢化が極めて深刻な隠岐島七町村が、その活性化のため、隠岐・本土間の高速交通網を整備すべく、島根県の支援を受けながら公的資金を最大限活用し、株式会社という組織形態を利用して実質的に超高速船を所有し、これを低廉なリース料でリースすることにより運行の継続を図るという極めて高度の公益目的達成のための手段として設立、運営されている第三セクターであって、被控訴人隠岐振興の超高速船の運行委託管理業務や「レインボー」2号船(以下「レインボー2」という。)の建造推進業務は、超高速船の運行を支援するという隠岐島七町村の行政目的を実現するものである。」

五  原判決一七頁六行目の「そうすると」から七行目の「あったとしても」までを、次のとおり改める。

「また、Bの被控訴人隠岐振興での主たる業務は、超高速船「レインボー」の運行委託の管理業務及び新たに就航することが予定されていた「レインボー2」の建造推進に関する業務であった。超高速船の運行支援は、元来、五箇村をはじめとする隠岐島七町村の事務そのものであり、Bの担当していた職務は五箇村の行政目的と一体不可分の関係にあるから、職務専念義務を免除しない職務命令による派遣であろうと」

六  原判決二〇頁三行目の「そこで」を、「五箇村をはじめとする隠岐島七町村がその職員を職務専念義務を免除した上で直接被控訴人隠岐振興に派遣することも制度的に可能ではあったが、平成七年一月九日に開催された隠岐島町村会において、平成七年度の職員派遣については、派遣職員の人件費を広域的に負担するのが望ましいという方針が決まり」と改める。

七  原判決二四頁一行目の「五箇村の」の前に、「そもそも民間企業への職員派遣に伴う給与分のてん補は地方交付税の対象経費になり得ない上、本件のように違法な職員派遣に伴う給与てん補は、地方交付税の対象経費とは到底なり得ないものであるから、」と挿入する。

八  原判決二四頁二行目の次に、改行して次のとおり付加する。

「(3) BとCの雇用関係は別個のものであるから、本件の損害の判断に際してBの給与とCの給与を相殺勘定することは許されない。」

九  原判決二四頁四行目及び五行目を、次のとおり改める。

「特別交付税によって五箇村の人件費支出のうち四〇〇万円が法的に直接てん補されたとまでいうことはできないものの、五箇村は隠岐島町村組合からBの補充要員としてCの派遣を受け入れ、次のとおり隠岐島町村組合から人事交流職員差額人件費として九一万五六二九円の支払いを受けており、BとCの経験年数に伴う職務能力の差は相当あったとしても、Bが被控訴人隠岐振興において貴重な経験を積んでいるというプラス面もあるので、五箇村に実質的な損害はなかったというべきである。」

一〇  原判決二五頁九行目の次に、改行して次のとおり付加する。

「3 被控訴人Aの個人責任について

(一)  控訴人らの主張

被控訴人Aには地位を利用し職権を濫用した故意による責任がある。

(二)  被控訴人らの主張

平成七年三月当時、地方公共団体が第三セクターその他の団体に職員を派遣する場合の手続や人件費負担が認められる場合について、将来の判例の動向を見通した上で適切な判断を下すことは不可能な状況にあった。本件の職員派遣は、島根県と隠岐島七町村の総意により、隠岐島に超高速船を導入することを目的とする総合的な財政的、人的支援の一環として、隠岐島町村組合との職員交流を通して行われたものであるから、仮に、本件の職員派遣及び給与の支出に問題があったとしても、被控訴人Aに過失はなく、同人に個人責任を問うべきではない。」

第三当裁判所の判断

一  控訴人らは、五箇村がBを被控訴人隠岐振興に派遣し、平成七年度分の給与を支出した本件公金支出が違法であるとして、被控訴人らに対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、五箇村に代位して、損害賠償を請求している。

そこで、以下、本件公金支出が違法か否か及び損害賠償請求の可否を判断するため、被控訴人隠岐振興の具体的事業内容とその性格、五箇村がBを隠岐島町村組合を介し被控訴人隠岐振興に派遣(以下、このBの派遣を「本件派遣」という。)した目的、Bが従事した職務の内容、派遣期間、派遣手続、人件費の清算等、本件派遣を巡る諸般の事情につき検討する。

二  前記第二における前提事実、乙一、二、五ないし一五、一九ないし三〇、三二ないし四〇、証人B、同Dの各証言、被控訴人A、被控訴人隠岐振興代表者各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実が認められる。

1  被控訴人隠岐振興の設立目的、設立の経緯及び具体的事業内容について

(1) 離島である隠岐島は、過疎化・高齢化が極めて深刻で、地場産業だけでは経済的に行き詰まっていた。そこで、観光産業を振興し若者を定着させて地域を活性化する必要に迫られており、そのために、超高速船を導入して隠岐・本土間の高速交通網を整備することが行政課題となっており、島民の要望も非常に強かった。

しかし、超高速船の船体の取得には約二〇億円という莫大な費用がかかるため、隠岐・本土間の航路権を有している隠岐汽船株式会社が超高速船を直接所有して採算を維持することは到底不可能であった。また、隠岐島七町村の財政基盤は極めて脆弱であるため、超高速船の導入には、一般財源以外の公的資金を最大限活用することが不可欠であった。

(2) このような時、平成二年四月一日から施行された過疎地域活性化特別措置法は、近年の人口の大都市集中が進む中で、過疎地域、すなわち人口の著しい減少に伴って地域社会の活力が低下し、生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域について、その活性化を図るために講じることのできる特別措置を従来より拡充し、同法に基づく過疎債の対象範囲を、観光・レクリエーション施設としての超高速船だけでなく、観光・レクリエーション事業を行う第三セクターへの出資金にも広げた。過疎債は、借入金の償還元金及び利息の七〇パーセントが地方交付税で還元されるという極めて有利な地方債であるため、隠岐島七町村に超高速船を導入するために、同法の過疎債その他の公的資金を最大限活用して、株式会社形態の第三セクターを設立し、その第三セクターが超高速船を所有し、それを隠岐汽船株式会社に対し低額のリース料でリースすることが最も有効であると考えられ、被控訴人隠岐振興が設立されることになった。そしてまた、隠岐地域の観光振興のため、超高速船の導入に伴う様々な事業展開についても、被控訴人隠岐振興が担うこととなった。

(3) 平成三年一〇月一一日、被控訴人隠岐振興が設立された。同社の資本金は四億六二〇〇万円でありその株主構成及び出資額は、隠岐島七町村が各五〇〇〇万円(財源は全額過疎債)、島根県が五〇〇〇万円をそれぞれ出資し、他の株主の出資額は、隠岐汽船株式会社五〇〇〇万円、隠岐島漁業協同組合連合会一〇〇万円、株式会社山陰合同銀行六〇〇万円、株式会社島根銀行五〇〇万円である。このように、隠岐島七町村の被控訴人隠岐振興への出資比率は全体の約七六パーセント(三億五〇〇〇万円)、島根県を含めると約八七パーセント(四億円)にも及ぶ上、被控訴人隠岐振興の取締役は、隠岐島七町村長及び県職員二名で構成されており、隠岐島七町村の被控訴人隠岐振興への支配関与の度合いは極めて強い。なお、被控訴人隠岐振興の役員は無報酬である。

(4) 被控訴人隠岐振興が最初に建造した超高速船「レインボー」1号船の実際の建造資金は一八億四五〇〇万円余りであったが、このうち一七億〇七八〇万円が隠岐島七町村及び島根県からの補助金(島根県の補助金は二億三六〇〇万円、町村補助金合計一四億七一八〇万円のうち九億二一八〇万円が過疎債、うち五億五〇〇〇万円がふるさと創生資金を財源とする町村の一般財源)で、不足分一億三七〇〇万円余りは被控訴人隠岐振興が銀行から借り入れたが、この返済資金も、隠岐島七町村が補助している。

(5) 被控訴人隠岐振興の主として営んでいる中心的事業は、隠岐汽船株式会社に対し超高速船「レインボー」を低廉なリース料(月額一〇〇万円)でリースして運行委託管理をする事業である。このリース料は、商業ベースのものでは隠岐汽船株式会社の採算が到底維持できないため、隠岐地域の振興を目的とする被控訴人隠岐振興が営利性を度外視して設定した低廉なものであり、この事業なくしては、隠岐島の生命線ともいえる隠岐・本土間の高速交通網の維持は不可能である。

また、被控訴人隠岐振興は、「レインボー」のリース事業の他に、レンタカーを低額のリース料で地元のレンタカー業者にリースする事業、リネン関連機器を低額のリース料で地元のリネンサプライ業者にリースする事業及び西郷町の所有する隠岐ポートプラザの管理受託業務を行っている。レンタカーのリース事業及びリネンサプライ関連のリース事業は、いずれも隠岐地方の振興と活性化のために地元住民や観光関係者の間で強く要望されながら、民間企業単独では採算の面で維持が困難とみられていた事業である。また、隠岐ポートプラザの管理受託業務は、西郷町から被控訴人隠岐振興が地方自治法二四四条の二第三項及び同法施行令一七三条の三により受託した業務である。

2  被控訴人隠岐振興の性格について

右1認定のとおり、被控訴人隠岐振興は、離島で、過疎化・高齢化が極めて深刻な隠岐島七町村が、その活性化のため、隠岐・本土間の高速交通網を整備すべく、島根県の支援を受けながら公的資金を最大限活用し、株式会社という組織形態を利用して実質的に超高速船を所有し、これを低額のリース料でリースすることにより運行の継続を図るという極めて高度の公益目的達成のための手段として設立、運営されている第三セクターである。地方自治法二条三項三号が、地方公共団体の事務の例示として「船舶その他の運送事業その他企業を経営すること」を掲げていることからも、地方公共団体が過疎債などの公的資金を活用することにより超高速船の運行支援を行うことが地方公共団体の事務の対象であることは明らかであり、被控訴人隠岐振興の超高速船の運行委託管理業務や、2号船の建造推進業務は、超高速船の運行支援及びこれを契機とする隠岐地域の振興という隠岐島七町村の行政目的を実現するものである。

しかも、前記のとおり、隠岐島七町村の被控訴人隠岐振興への出資比率は全体の約七六パーセント、島根県を含めると約八七パーセントにも及んでいる上、被控訴人隠岐振興の取締役は、隠岐島七町村長及び県職員二名で構成されていたから、隠岐島七町村は、株主としても、取締役会を通じても、被控訴人隠岐振興の意思決定に参加する機会を持ち、被控訴人隠岐振興を完全に支配下に置いていた。

右のとおり、被控訴人隠岐振興は、極めて公共性の高い第三セクターであり、実質的には行政機関の一つとしての役割を担っている。

3  Bが派遣された目的及びBの従事した職務内容等について

(1) 隠岐地方の振興及び活性化という広域的な行政課題に継続的に取り組むことを事業目的とし、実質的には行政機関の一つとしての役割を担っている被控訴人隠岐振興の職員は、行政の制度を理解し、行政経験の豊富な者である必要があり、補助者の職員一名以外の二名の正規職員は、島根県と隠岐島七町村から中堅の職員各一名を派遣することが望ましいと考えられた。

また、派遣元である島根県と隠岐島七町村にとっても、超高速船「レインボー」の就航とそれに伴う事業展開は、隠岐地域の観光産業の振興を図る上で極めて重要な位置を占めており、職員を派遣して超高速船「レインボー」の導入とリース事業の運営等の業務を担わせ、過疎対策について実践的な経験を積ませることは、職員の資質を向上させることにつながるもので有益であると考えられた。

このような考えの下に、被控訴人隠岐振興の職員三名のうち二名は、設立当初から島根県及び隠岐島七町村のうちの西郷町から各一名の職員が正規の職員として派遣されていた。このうち、西郷町から派遣されていた職員の派遣期間が平成七年三月三一日に満了することから、被控訴人隠岐振興は隠岐島町村会に対し、引き続き町村からの職員派遣を要請した。

(2) 右要請を受けて平成七年一月九日隠岐島町村会が開催され、他の町村から職員を派遣できないか協議したが、西郷町以外の町村は小規模かつ弱体で、被控訴人隠岐振興に直接職員を派遣して人件費を負担することは財政的に困難であったところ、隠岐島七町村が事務の一部を共同処理するために設立した地方自治法上の一部事務組合(地方自治法二八四条)である隠岐島町村組合の共同処理事務として掲げられている事業の中に、「超高速船の運行支援に関すること」も平成四年一〇月一日から含まれるようになっていたため、派遣職員の人件費を七町村で広域的に負担するという観点から、平成七年度以降の後任職員は各町村からではなく隠岐島町村組合から職員を派遣しようということになった。

(3) 隠岐島町村組合は、被控訴人隠岐振興に職員を派遣するために、平成七年二月二〇日開催の定例議会において、職員定数を一名増員し、同年四月一日付けでCを採用することとした。しかし、被控訴人隠岐振興が派遣を要請していたのは、相当の経験年数と実績を有する中堅職員であったが、隠岐島町村組合には前任の西郷町の職員から引き継いで職務を行える適切な中堅職員がいなかったため、隠岐島町村組合と町村との人事交流により適任者を選定することになり、検討の結果、隠岐島町村組合がCを五箇村へ派遣し、五箇村が中堅職員のBを隠岐島町村組合に派遣すると同時に隠岐島町村組合がBを被控訴人隠岐振興に派遣するということとなった。

(4) このように、Bは、五箇村から隠岐島町村組合を介して被控訴人隠岐振興に派遣され、被控訴人隠岐振興の営業部次長として、被控訴人隠岐振興の業務全般を担当した。その主たる業務は、超高速船「レインボー」のリースによる運行委託管理業務及び新たに就航させる要望が出ていた「レインボー2」の建造推進に関する業務であり、Bは、島根県から派遣され、被控訴人隠岐振興の営業部長に就任した職員と共に、これらの業務に邁進した。Bは、「レインボー2」の導入時期に関するデータ集めから関わり、平成七年一二月からは勉強会や調査を続けた。島根県、隠岐汽船株式会社及び被控訴人隠岐振興との間で「レインボー2」の建造合意が成立したのは、平成八年一二月ころのことであり、これが現実に就航し、レインボーが二隻体制となったのは平成一〇年七月である。

(5) 右のとおり、Bが被控訴人隠岐振興に派遣されたのは、主として超高速船「レインボー」の運行支援業務を担当するためであった。前記のとおり、超高速船の運行支援及びこれを契機とする隠岐地域の振興は、元来、五箇村をはじめとする隠岐島七町村の事務そのものであるから、Bが被控訴人隠岐振興において担当した職務は、五箇村の行政目的と一体不可分の関係にあったといえる。しかも、Bが担当した業務のうち、新たに就航することが期待されていた「レインボー2」の建造推進に関する業務には、「レインボー」1号船の時と同様、行政機関の全面的協力を得て公的資金を最大限導入することが必要不可欠であったから、行政の制度を理解し、行政経験の豊富な中堅職員を被控訴人隠岐振興に派遣する必要があり、五箇村の行政目的の達成のために、五箇村の中堅職員であるBを隠岐島町村組合を介して被控訴人隠岐振興に派遣する合理性、公益上の必要性も非常に強かった。

4  派遣期間について

Bの派遣期間は、当初は後記5のとおり平成七年四月一日から二年間の予定であったが、レインボー2の話がまとまってきて、それまでの交渉経過や財源についての話を無駄にしないため軌道に乗るまでもう一年延長され、結局平成一〇年三月までの三年間となった。

5  Bの派遣手続について

(1) 被控訴人隠岐振興の設立当初より隠岐島七町村のうちの西郷町から派遣されていた職員の派遣期間満了に伴う後任の職員派遣について、隠岐島町村会で協議されたが、隠岐島七町村のうち西郷町以外の他の町村の財政基盤は西郷町に比して極めて脆弱で、職員を直接派遣してその給与を負担することは到底できなかったことから、平成七年度以降は各町村からではなく隠岐島町村組合から職員を派遣して派遣職員の人件費を七町村で広域的に負担しようということになった。隠岐島町村組合が職員定数を一名増員し、平成七年四月一日付けでCを新採用することとしたものの、隠岐島町村組合から被控訴人隠岐振興の要請する中堅職員を派遣することは困難であったため、町村との人事交流により適任者を選定することになった。そして、検討の結果、隠岐島町村組合がCを五箇村へ派遣し、五箇村が中堅職員のBを隠岐島町村組合に派遣すると同時に隠岐島町村組合がBを被控訴人隠岐振興に派遣するという方法をとることになった。

(2) 五箇村と隠岐島町村組合は、平成七年四月一日付けの各「職員の派遣に関する協定書」をもって、五箇村がBを同村職員の身分のまま平成七年四月一日から平成九年三月三一日まで隠岐島町村組合に派遣すること、Bの給料及び手当は五箇村が支給すること等を内容とする協定、及び、隠岐島町村組合がCを同組合職員の身分のまま平成七年四月一日から平成九年三月三一日まで五箇村に派遣すること、Cの給与は隠岐島町村組合が支給すること等を内容とする協定をそれぞれ締結し、これらに基づき、五箇村は平成七年四月一日付けでBを隠岐島町村組合に派遣し、隠岐島町村組合は同日付けでCを五箇村へ派遣した。

B及びCの右各派遣は、いずれも任命権者の職務命令による兼職による派遣であり、その目的は同人らの研修とされたが、五箇村がBを隠岐島町村組合に派遣したのは、同組合を介してBを被控訴人隠岐振興に派遣し、被控訴人隠岐振興で研修させるためということであった。五箇村としては、被控訴人隠岐振興で職務を行うことがBの研修になり、五箇村の職員の職務に専念する義務の特例に関する条例二条一号により職務専念義務を免除し得る場合に該当するし、また、被控訴人隠岐振興は五箇村の職員の職務に専念する義務の特例に関する条例二条三号及び職務に専念する義務の特例に関する規則二条二号の「業務の運営上、その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体」に該当するから、Bの職務専念義務を免除して直接被控訴人隠岐振興へ派遣することも制度的に十分可能であるとの解釈であったが、隠岐島町村会での協議に基づき、五箇村と隠岐島町村組合との人事交流の手法を採ることとなった関係上、Bに対し五箇村の職務専念義務を免除する旨の明示の意思表示はせず、単に、地方公共団体相互の人事交流の場合に多く採られている職務命令による研修を目的とする職員派遣の方法を選択した。

(3) 次に、隠岐島町村組合と被控訴人隠岐振興は、平成七年四月一日付けの協定書をもって、隠岐島町村組合がBを同人が同組合において保有する身分のまま平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで被控訴人隠岐振興に派遣すること、Bの給与等は隠岐島町村組合が支給すること等を内容とする協定を締結し、これに基づき、隠岐島町村組合は、Bの職務専念義務を免除した上、平成七年四月一日付けでBを被控訴人隠岐振興に派遣した。

隠岐島町村組合は、同組合の事業に「超高速船の運行支援に関すること」が掲げられていること(同組合規約三条一〇号)から、被控訴人隠岐振興が同組合の職務に専念する義務の特例に関する条例二条五号及び職務に専念する義務の特例に関する規則二条三号の「組合の運営上、その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体」に該当すると解釈し、Bの職務専念義務を免除した。

6  人件費の清算について

五箇村がBを直接被控訴人隠岐振興に派遣せず、隠岐島町村組合を介して派遣したのは、当時の被控訴人隠岐振興の財政状況では町村からの派遣職員の給与を負担するまでの能力はなく、西郷町以外の各町村が単独で派遣職員の人件費を負担するのは財政的に困難であるため、隠岐島町村組合から派遣することとして、その人件費は同組合運営の負担率で各町村が負担しようという隠岐島町村会の協議に基づくものであった。

また、島根県は、従前西郷町の被控訴人隠岐振興への職員派遣事業について、過疎町村である同町が人件費を負担して職員派遣を行ったことに派生して生じる財政需要を、特別交付税の査定に当たり、過疎振興に係る特別な財政需要の要素として配慮し、毎年四〇〇万円相当分を加算しており、右派遣に引き続いて行われた五箇村によるBの被控訴人隠岐振興への派遣事業についても、例年通り同様の査定が行われる見込みがあった。

そこで、五箇村と隠岐島町村組合は、平成七年四月一日付けの「職員の派遣に伴う人件費に関する覚書」により、五箇村がBに支払った人件費と、隠岐島町村組合がCに支払った人件費及び五箇村の支払ったBの人件費に対する第三者からのてん補分(右特別交付税の査定分を意味する。)の合計額とに差額を生じた場合には、五箇村又は隠岐島町村組合はその差額を相手方に(五箇村がBに支払った人件費の方が多ければ五箇村に、右合計額の方が多ければ隠岐島町村組合に)支払うこと等を合意した。

五箇村が支出したBの平成七年度の人件費は八五九万九八八五円であり、隠岐島町村組合が支出したCの平成七年度の人件費は三六八万四二五六円であった。また、五箇村がBを隠岐島町村組合を介して被控訴人隠岐振興に派遣したことにより、島根県から五箇村に平成八年三月に交付される特別交付税は、右派遣をしない場合と比較して四〇〇万円加算されることが見込まれたため、五箇村は、前記覚書に基づき、平成八年二月二六日、Bに支払った平成七年度の人件費八五九万九八八五円から、Cの平成七年度の人件費三六八万四二五六円及び加算見込みの特別交付税四〇〇万円の合計額七六八万四二五六円を控除した九一万五六二九円を、人事交流職員差額人件費負担金として、隠岐島町村組合に支払請求し、隠岐島町村組合は、平成八年四月五日、右金額を五箇村に支払った。

また、島根県は、従前の西郷町の場合と同様、五箇村によるBの被控訴人隠岐振興への派遣事業について、過疎町村である同町が人件費を負担して職員派遣を行ったことに派生して生じる財政需要を、特別交付税の査定に当たり、過疎振興に係る特別な財政需要の要素として配慮し、平成七年秋ころの五箇村からの交付申請に基づき、当初の見込みどおり四〇〇万円相当分を加算した特別交付税を、平成八年三月末ころ、五箇村に交付した。

三  本件公金支出の適法性及び損害賠償請求の可否

以上認定の事実、特に、被控訴人隠岐振興の設立及び運営は、隠岐島七町村が島根県の支援を受けながら、株式会社という組織形態を活用して実質的に高速船を所有し、これを低廉なリース料で隠岐汽船株式会社にリースすることにより運行を支援し、隠岐地域の振興を図ることを目的としたものであり、かつ被控訴人隠岐振興はその目的に沿った事業を行っていたもので、その事業は公益性及び行政目的との関連性が非常に深いものであること、また、派遣職員Bは、被控訴人隠岐振興において主として超高速船の運行委託管理業務及び2号船の建造推進業務を担当していたが、これは五箇村をはじめとする隠岐島七町村の行政の具体的執行としての側面を持っているもので、五箇村の事務と実質的に同一視することができ、その職務遂行は前記の隠岐地域の振興を図るという行政目的の達成に資するものであること、及びBの派遣期間も当初は二年、結果的にも三年という限られたものであり、人数も一人という限られたものであること等の事情を総合考慮すると、本件派遣の必要性、合理性は十分にあったものと認めることができる。

本件派遣のうちBの隠岐島町村組合への派遣は、職務命令方式によりなされており、職務専念義務を明示的に免除する方式によっていない。しかし、Bが従事した業務は、五箇村の事務と実質的に同一視できるようなものであり、しかも、五箇村は、Bに支出する給与分が別途実質的にてん補され、同村に実質的な損害を生じさせないような処置を採って本件公金支出を行っている。つまり、五箇村は、人事交流により隠岐島町村組合からCを受け入れて、その人件費分の利益を得、また、五箇村の一般財源にはBを隠岐島町村組合との人事交流を介して被控訴人隠岐振興に派遣したことを契機として特別交付税が四〇〇万円加算されて措置され、更に、隠岐島町村組合から人事交流職員差額人件費負担金として九一万五六二九円の支払を受けて、Bへの支出相当額の実質的なてん補を受けている。

これら本件派遣の目的、派遣先の性格及びその具体的事業内容、Bが従事した職務の内容、派遣期間、人数、派遣手続、人件費の清算等の諸事情を総合判断すると、本件派遣及び本件公金支出は、実質的に地方公務員法三〇条、三五条、二四条一項の趣旨に違反するものではないと評価でき、結局これを違法であるとまで断ずることはできない。

よって、控訴人らの被控訴人らに対する本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第四結語

以上により、控訴人らの請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川豪志 裁判官 石田裕一 裁判官 水谷美穂子)

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